インターネットを使った、ママパパ向けのモンテッソーリの勉強会を、日本でいち早く実践されてきた、「モンテッソーリIT勉強会」創始者の田中昌子先生にお話を伺いました。
田中昌子(たなかまさこ)先生
プロフィール
エンジェルズハウス研究所(AHL)所長
上智大学文学部卒。日本モンテッソーリ教育綜合研究所認定資格取得。東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンターにてAM I公認国際モンテッソーリ教師(3~6歳レベル)ディプロマ取得。「モンテッソーリで子育て支援」を合言葉に日本全国及び海外からも参加可能なモンテッソーリIT勉強会「てんしのおうち」を2003年より主宰。朝日カルチャーセンターにて10年間、実践講座を担当。勉強会や講演会を通して、子育てにモンテッソーリ教育を活かす工夫を伝えている。
著書に『お母さんの工夫 モンテッソーリ教育を手がかりとして』(文藝春秋、相良敦子氏共著)『親子で楽しんで驚くほど身につく こどもせいかつ百科』(講談社、監修)『マンガでやさしくわかるモンテッソーリ教育』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
モンテッソーリIT勉強会の理念
– まずはじめに、このモンテッソーリIT勉強会は、どのような理念で運営されているのか教えて頂けますか?
「モンテッソーリ教育研究の第一人者であった、故・相良敦子先生はモンテッソーリ教育の中にある特殊性と普遍性に着眼されていました。
一般にモンテッソーリ園で実践されるものは『モンテッソーリ教師』『モンテッソーリ教具』『モンテッソーリクラス』の3つが揃ったモンテッソーリ・メソッドであり、特殊な訓練や養成が必要です。
でもモンテッソーリ教育は普遍的な側面もあり、『そういったものが揃わなくとも、子どもの見方とたすけ方を身につければ誰でも実践できるもの』と明確に位置づけられました。(『お母さんの発見』 文春文庫 P.27~30参照)」
(モンテッソーリIT勉強会会員の子どもの様子:ミルクを注ぐ 1歳11ヶ月)
「そんな相良先生は「モンテソーリ教育の一般化」を強く願っておられました。一般化というと、単に広く世の中にモンテッソーリ教育が行き渡ることのように捉えられがちですが、それだけではありません。数々のご著書の中では、親が生命の法則に基づいたモンテッソーリ教育の本質を学び、子育てに活かす方法を紹介されました。それをさらに一歩進めて、すべての大人が子どもの生命の良き援助者になること、それが「モンテッソーリ教育の一般化」なのです。
– ご家庭をモンテッソーリ園のようにしたり、教師資格を与えるためのものではないのですね。
(モンテッソーリIT勉強会会員の子どもの様子:布巾しぼり 3歳4ヶ月)
「はい。教具や提示についても、お伝えしていますが、それをそのままご家庭でしようとすると、挫折してしまいます。
モンテッソーリIT勉強会を立ち上げたきっかけ
– では、田中先生がこの「モンテッソーリIT勉強会」を立ち上げられたきっかけは、何だったのですか?
「当時、日本ではまだまだモンテッソーリ教育が普及しているとは言いがたく、実施園に通いたくても遠かったり、費用が高かったりして、なかなか希望通りにはいきませんでした。私も2人の娘をモンテッソーリ園に通わせましたが、いろいろな事情で、途中でやめざるを得なくなりました。せっかく出会えたモンテッソーリ教育をなんとか続けたいと本を読んで、いざ家庭でやってみようとしても、なかなかうまくいきません。
ネット上の情報も今とは違ってほとんどなく、質問や相談ができる場もなく、詳しく学びたいと思うと、『教師養成コース』しかありませんでした。
乳飲み子を抱えていたので、当時はまず通信のコースを受講しましたが、通信でもスクーリングもあったので、家族の協力も必要でした。
私はなんとか卒業し、資格も取りましたが、教師になりたいというわけではないのに、子育てをしながらコースで学ぶのは、時間的にも金銭的にもあまりに負担が大きすぎて、誰でも学べるわけではないことを実感しました。
でも自分の経験から、モンテッソーリ教育を本当に必要としているのは、子育て中のお母様たちだと思いました。『子どもを預けて出かけられない』『近くに学ぶ場所がない』『教師養成コースは高額すぎて無理。でもモンテッソーリ教育をちゃんと学びたい』という方のための勉強会を作りたい!という想いが強くなり、さまざまな方法を模索していました。」
(モンテッソーリIT勉強会会員の子どもの様子:豆の皮むき 2歳10ヶ月)
インターネットによる勉強会の発端
「ちょうど相良先生の著書に、自宅で細々行っていた母子のための勉強会『てんしのおうち』が取り上げられるようになった頃で、通うのが不可能な遠方から問い合わせてこられた方がおりました。
電話で説明しながらもどかしくなり、映像をビデオに撮って送ることにしました。その方とお友達の合計 4 人だけをモニターとして、映像とテキストを 2001 年から 2 年間作り続けたものが、今の『モンテッソーリ IT 勉強会』のベースとなり、立ち上げるきっかけとなったのです。」
(モンテッソーリIT勉強会より。 大切なことは字幕でも伝えている)
モンテッソーリIT勉強会の本格的なスタートと変遷
インターネットを使用した新しいモンテッソーリ勉強会
– IT という言葉も一般的ではなかった 2003 年から、誰よりも早くおはじめになり、続けられてきたのですね。
「はい。インターネットを利用することで、家庭にいながら好きなときに好きなだけ学べる通信教育のシステムを、いちから手作りで立ち上げました。パソコンに疎い私が悪戦苦闘しているのを見かねた娘たちが、手伝ってくれました。わずか11名の生徒からのスタートでした。」
– 今のようにスマートフォンも SNSも YouTubeもない時代のことですよね。
「そう。ですから、動画も当時はCDに落としたものを郵送し、テキストと資料はメール添付で送っていました。画面は葉書大で粗く、資料も手書きのものが多くありました。疑問やお悩みは、レポートをメールで提出いただき、個別の質問に応じていました。
相良敦子先生はこの取り組みを『ITを使ってモンテッソーリ教育を伝える先駆的な方法』と高く評価してくださり、2004 年には日本初だから早く世に紹介したいと、『お母さんの工夫~モンテッソーリ教育を手がかりとして~』を共著で出版してくださいました。そこからお申し込みが一気に増えました。」
(相良敦子・田中昌子 共著『お母さんの工夫』 文藝春秋 (2004年))
(「お母さんの工夫」出版記念合同講演会にて 田中先生と相良先生)
動画配信、そして世界へ!
「2009 年には一度リニューアルし、CDからDVDの字幕付きへ、また資料もすべてPDF化し、スタッフも増やして対応しました。それでもレポートのお返事と、DVDの発送と回収業務が間に合わなくなり、入会まで 1 年近くお待ちいただくこともあり、ついに受け入れをストップせざるを得なくなりました。
こんなにもモンテッソーリ教育を学びたがっている方が多いのに、それにお応えできないことに、ジレンマを感じていました。 卒業生やそのご家族の協力を得て、なんとか 2015年から、日本モンテッソーリ教育界初の動画配信を実現することができました。
CDの時代から海外へも送付していましたが、郵送が不要になりましたので、海外からもより気軽にご参加いただけるようになりました。アメリカ、イタリア、中国、オーストラリアなど、世界各地からご参加いただいています。
同時に、すでに多くの優秀な卒業生がおりましたので、『エンジェルファミリー』という組織を作り、私1人では人数に限界があったレポートのお返事、お悩みやご質問に対応していくようにしました。
結果的に煩雑な事務作業がかなり軽減され、より多くの受け入れが可能になりました。もちろん私もすべてのレポートに目を通し、お一人お一人の会員さんを見守っています。」
(モンテッソーリIT勉強会 マイページより)
子どもは常にうるさくせわしないものだと思っていました。どんどんと新しいおもちゃを与えないと飽 きてしまう のかと思っていました。子育ては苦行だと思っていました。ところが、環境を整えてあげ る、敏感期に応えてあげる、そんな工夫をするだけで、子どもの見方が変わるだけで、ここまで穏やかに、そして楽しみに子育てがで きるようになりました。
(会員レポートより)
モンテッソーリIT勉強会の特徴
– ここだけは、こだわっているという点がありますか?
「今、ネット上には玉石混交のモンテッソーリ情報が氾濫していますが、何が正しくて何が間違っているのかの 判断材料もありません。『見よう見まねでやってみたけれど、うまくいかなかった』という方がたくさんいらっしゃいます。
本当に素晴らしい普遍的な理念があるのに、『なんだ、やっぱりモンテッソーリなんてダメじゃない』と、表面をなぞっただけで評価してほしくないと思い、理論の部分もきちんとお伝えしています。
また、教師養成コースでは大人が子ども役をすることが多いですが、私の勉強会では必ず子どもと一緒にお仕事をしている映像をご覧いただいています。子どもは大人と違って、思いがけない反応をすることも多く、とてもかわいらしいばかりでなく、子どもから学ぶことが大切です。そうしたときにどう対応するか、というのもまたご覧いただけるので、 それがご家庭ではとても役立つというご意見が多くありました。
ほとんどの映像は、この勉強会のために撮影されたものではなく、母子のための勉強会の記録として撮っていたものです。プロの手によるものではないため、見えにくい部分も多いですが、何より子どもたちが生き生きとしています。それ以外にも、知人のお子さんに実践していた内容をお母様が撮影された映像もあり、カメラマンが知らない大人ではないため、とても自然な子どもの姿が見られます。また同じお子さんが繰り返し出てくることで、 成長がよくわかると、嬉しい感想もいただいています。」
(モンテッソーリIT勉強会より 糊貼りをする子ども)
最後にこれだけはお伝えしたいこと
「モンテッソーリ教育というと、どうしても感覚教具や数教具といった特殊なものや教具の提示が注目されますが、 モンテッソーリ自身も述べているように、生活をする中で子どもが自分自身を成長させていくということが、とても重要です。
『日常生活の練習は、モンテッソーリ教育の魂』とも言われています。ですから、生活をともにするお母様やお父様がきちんと学び、その深い理念や関わり方をしっかりと身につければ、子どもの良き援助者になれる、ということを私は実感しています。『ITといった手段でそこまで伝わるのか?』といった疑問をお持ちの方もあると思いますが、実は私自身も最初は半信半疑だったのです。ちゃんと伝わるということを証明してくださったのは、卒業生であり、そのお子さんの姿でした。」
(モンテッソーリIT勉強会会員の子どもの様子:マグネットの色合わせ 1歳7ヶ月)
「そして、モンテッソーリ教育は生活そのものであり、もっと言えば生きることそのものだと思います。
子どもにとって身近にいる大人は生き方のロールモデルとなりますが、大人にとってもまた、モンテッソーリ教育というのは、 行くべき道を示すものであり、生き方を提示されているように思うのです。
昨年お亡くなりになった、故・相良敦子先生に、私は特別に良くしていただいたと思っていました。実際、本当にお忙しい中、つまらない質問や悩みにも、真摯に丁寧に向き合ってくださり、最後の最後まで逆に気遣って、感謝の言葉までくださいました。でも、それは私に対してだけではなかったのです。私などにこんなにもしてくださる、私は特別だと相良先生の周りの多くの方が思っていらっしゃったということが、お亡くなりになってからわかってきました。」
(故・相良敦子先生と田中昌子先生)
「モンテッソーリ教師は、クラスに大勢の子どもがいても、ひとりひとりの子どもに向き合い、唯一のかけがえのない存在である子どもを大切にすることを求められますが、それをまさに実践しておられたと思います。
そしてそれは相良先生だけではありません。モンテッソーリ教育を極められたAMIのトレーナーの先生方にも共通しています。私のもう一人の恩師、松本静子先生も、いつも学生ひとりひとりに細やかなお手紙を書いてくださり、卒業したあとも『何かあればいつでもどうぞ』という姿を見せてくださっていて、相良先生が急逝されたときにも、『あなたの使命を果たしなさい』と励ましてくださいました。
海外から来られた先生も、研修会でわずかな時間しかお会いしていないのに、ばったり再会したとき覚えていてくださいました。
ですから、私も先生方には遠く及びませんが、私の勉強会で学んでくださる会員のみなさまお一人お一人を 大切に思い、可能な限り向き合おうとしてきました。」
(田中昌子先生の講演会の様子 全国でモンテッソーリ教育を伝えている)
「システムが変わってからは、困難なこともありますが、これからもモンテッソーリ教育を通して、生き方が提示できるような日々を過ごしていきたいと思っております。
ITや AIなど、これからの社会は大きく変わるでしょうが、人と人との関わりが、生きる上でもっとも重要であることは変わりません。モンテッソーリ教育を通して多くの方との素晴らしい出会いがありました。あべさんとの絆も相良先生が結んでくださったものです。このような機会をいただけましたことに、心より感謝申し上げます。」
– 田中昌子先生、ありがとうございました!
(文・編集 あべようこ)
田中昌子先生の主催されている
モンテッソーリIT勉強会「てんしのおうち」
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