松浦公紀 先生
松浦学園モンテッソーリ子どもの家園長。日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成センター主任実践講師、上席研究員。『モンテッソーリ教育が見守る子どもの学び』学習研究社、『幼児のちから』静岡新聞社、『0歳~3歳のちから モンテッソーリ教育が見守る乳幼児の育ちと大人の心得』学習研究社等、著書多数。
松浦公紀先生は、モンテッソーリ教育の普及に多大な貢献をされて来ました。現在も、日本全国や海外でもモンテッソーリ教育の講演会、研究会を行っていらっしゃいます。
イデー・モンテッソーリでは、そんな松浦先生へのインタビューを、全3回に渡ってお届けして参りました。
最終回の今回は、モンテッソーリ教育の発展と未来に向けてのお話を伺います。
自信と意欲
– 先生、1回、2回と色々なお話を伺って来ましたが、子どもに本当に必要なことは何だと思いますか?
「子どもに本当に必要なことは「自信と意欲」だと思います。その自信と意欲とは、「子どもが自分で選ぶこと」と関係しています。自分で自発的に環境の中にあるものを選ぶ。そして選んだものに対して集中して関わって、「できた!」っていう経験を積み重ねることが、非常に大切だと思います。
(松浦学園 モンテッソーリ子どもの家、活動する子ども達)
もし、色々なものを子どもが選ぶけれども、何を選んでも試行錯誤ばかりで、結局できず、達成感に繋がって行かない、それで直接間違いを訂正されるとなると、そのうち『僕は、私は、何をやってもできないんだ…』と感じて、意欲がなくなってしまいます。
だから、せっかくなら、子どもが選んでやろうとすることを『できた!』という達成感に繋げてあげたい!そのための一つの手段として、提供とか提示(子どもが一人でできるようにやり方を紹介して見せる方法)が位置付けられるはずです。」
– 提示は、モンテッソーリの特徴的な教え方ですよね。
「そうですね。もちろん、『先生の提示したものしか、してはいけない』などというルールがあるかも知れませんが、時に提示がなくても子どもが『これは何だろうな』と興味を持ってやり始めて、一人でできてしまう、というのが一番素晴らしい学びだと私は思います。」
– 「子どもの試行錯誤によってできた!」と?
(松浦学園 モンテッソーリ子どもの家、活動する子ども達)
「そう。その、できたっていうところに繋がらない場合にだけ、最低限の先生の関わりっていうものが必要なんですが、まだ『教える』と言う割合がモンテッソーリ教育の現場でも多いんじゃないかと思うんですよ。
それで、子どもにある程度任せてみると、子どもができる、分かるようになるためには、ともかく時間が掛かるんですよね。それをなかなか大人は待てないんです。
これはもう先生にしても、保護者にしても同じです。悠長に構えてじっくり子どものやることを見守っていれば、『子どもが自分でできたな!』という瞬間を見られるはずです。それを目の当たりにすることによって、『子どもってやっぱりすごい存在!素晴らしい有能な存在なんだな』ということを気付かされるんです。」
(松浦学園 モンテッソーリ子どもの家、活動する子ども達)
これからのモンテッソーリ教育の課題
– 先生はこれまで長年モンテッソーリ教育を実践されていらっしゃいます。今後どんな風により発展させて行ったら良いを思われますか?
「大きく言うと、二つあります。
① まず『環境』をきちんとするということです。
(松浦学園 モンテッソーリ子どもの家、日常生活の棚)
例えば3-6だと「日常生活の練習」「感覚教育」「言語」「文化」「算数」という5分野の環境がありますが、まだ不備な所が圧倒的に多いと感じています。
例えば、モンテッソーリ教育をうたっていても、『まずは日常生活の練習、感覚教育くらいで良いかな、文字、数、それから理科、社会的なことに関しては、小学校に行ってからやるんだから』というような、大人の目から見たモンテッソーリ教育の現場が、まだ多いと思います。
それに対して子どもに目を向けた時に、日常生活の練習や感覚教育の活動が充実すればする程、当然子どもはその先を望むわけですが、その先を望んだ時にその環境が無い!やることが無いということになると、子どもに残されているのは、逸脱だけです。」
– 環境が合っていないと、モンテッソーリの言うように精神的エネルギーと肉体的エネルギーが分離(逸脱)してしまいますね。
「それで、乱暴になったり、壊したり、人の邪魔をしたり、無気力になったりしてしまうんですよね。だから大人の頭で『まずこれだけでいいや』と判断せずに、モンテッソーリ教育の5分野の環境を確実に整える必要性が一つ。
(松浦学園 モンテッソーリ子どもの家、全日クラスの様子)
② 二つ目は『先生』です。
先ほども述べましたが、教える側の大人が受けて来た教育が、先生が主体となるものだったので、自由な場であるはずのモンテッソーリ教育の現場でも、ついつい思わず先生が出過ぎてしまうことがあると思うんです。
自由と言いながら、子どもが何かをしていて間違っているところがあると、先生は『そうじゃないでしょう!』と言って、無意識に誤りを直接訂正してしまうこともまだまだあると思うんです。」
– 分かっていても、一生懸命になるほどに、ついついしてしまいそうです。
「そう。先生は、間違っていたら、すぐに直してあげる事が仕事だと思っているんですよ。だからもちろん悪意はないんです。
ですが先生は無意識で「本来こどもが自分で気が付いて分かるようになる、できるようになる部分」を、すぐに正解を教えることによって、前取りしてしまっている。それは最終的には、子どものためにはならないのです。
自分達が受けて来た教育が血となり肉となってしまっているので、先生自身がかなり自覚していかないと、自由な教育の場であるはずのモンテッソーリ教育の現場でも、やはり子どもを管理してる部分・・・教え過ぎたりとか、誤りをすぐ訂正してしまったりとか、というような部分がまだ多いと思うんですよね。」
– トレーニングを受けた先生でも?
「はい。どちらかというと真面目な先生であればある程、教えたがります(笑)」
– しっかりやらなきゃ!と・・・。
「そうです。ある程度『いいよ、ほっとけばそのうちできるようになるから』と思うことも大事です。
でもそれが本来の『子どもの自己教育力を信じる』ということだと思うんです。」
提示についての課題
「後もう一つの問題は、教具の数が3歳以上になると、とても多いじゃないですか。すると『これはこうやらなきゃならない』といって、その教具の使い方、提供・提示の方に目が行っちゃうんですよね。
(松浦学園 モンテッソーリ子どもの家、言語教育の砂文字の教具)
そうすると、本来恩恵を被るはずの子どもの方に目を向けなきゃならないのに、教具のやり方の習得の方に重きが置かれてしまって、肝心の子どもがおろそかになってしまうことがあると思います。
しかもその教具のやり方にしても、やっぱりそこにもこれまでの経験が浸透しているので、『教えられた通りにやらないと絶対にいけない!』という思いがすごく強いと思うんですよ。」
– 「いつ、いかなる時も絶対にこの手順でやらなくてはいけない!」と?
「でも一番良いのは、子どもも試行錯誤してできるようになってしまうのと同じで、『この教具は、こういう目的だな。ではその目的を達成するために自分だったら、目の前の子どもにどうやって伝えようか?』と考えることじゃないでしょうか。
提示や提供というのは、先生達が目的をきちんと理解した上で、目の前の子どもに合わせて、ある程度柔軟に構築できる方向に持って行けたらと思うんです。
(松浦学園 モンテッソーリ子どもの家、活動する子どもと見守る松浦先生)
それに私達は、子どもに『自分で考える』人間になってほしいと願っていますよね。」
– はい、それが一つの目標だと思います。
「教師は子どもの人的環境なわけですから、子どもは私たちを吸収して生きていくわけです。だったら私たち自身が『自分で考える姿勢』を示さないと、子どもも当然考える姿勢は持たないでしょう。そういう部分がまだちょっと足りないかなって思います。」
これからの目標
– 最後に、松浦先生の今後の目標などをお伺いできますか?
「モンテッソーリ教育は素晴らしい教育法ですが、『モンテッソーリ教育』ということばを超えて、この考え方が世の中に広まっていってほしい。それが私の願いです。
今、子どもたちがとても生きにくい時代です。環境的にも自然はどんどんなくなり、大気汚染もあるし、核家族化や少子化で子ども同士の関わりもどんどん少なくなっていく。物は電化されて、手や体の動きを身に付けるような環境も全然ないわけです。
そんな環境の中でも、やはり子どもは宝ですよね。この子たちが次の地球を背負って生きて行ってくれるわけですから。その子ども達について私たち大人がもっと良く知ってほしい。もっと良く知れば、子どもに対する関わり方は、より健全になるはずです。
(松浦学園 モンテッソーリ子どもの家、松浦先生と活動する子ども達)
そして健全になればなる程、次の世界が幸せな社会を作ってくれるはずです。どちらかというと、大人に対する発信を強くして行きたいなというのが、私の今の目標です。」
– お父さんやお母さんに対してでしょうか?
「保護者の中でも、モンテッソーリ教育を知っている人の割合は、確実に増えています。色々な形で情報を取り入れているので、そこで正しいモンテッソーリ教育の在り方を発信する必要性は、すごくありますよね。
でも私が発信したいのは、お父さんお母さんだけじゃなくて、『大人全体』に対してです。この世界には子どもと大人しかいないわけで、どんな大人も何らかの形で子どもと接触する訳ですからね。その大人に『子どもって同じ人間だけど、あなた達大人とは全然違うんだよ』、と伝えたい。
マリア・モンテッソーリは『子ども期の人間と大人期の人間と、二種類の人間がいる』と言いました。
大人に、『あなたたちにも子どもの頃があったけど、忘れちゃっているだけ。そのことをちょっと思い出して、もう少し子どもの色々なことを知ってみませんか。』と。子どもを正しく理解して貰うために、モンテッソーリ教育の考え方の大人に対する発信に力を入れて行きたいな、と思っています!」
お話をお伺いして、先生が本当に真剣に子どもたちのことを考え、信念を持ってやってらっしゃるのがますます分かりました。
今後、松浦先生の発信を通じて、一人でも多くの大人たちが、子どものことを正しく見られるようになることを願っています。
松浦公紀先生、本当にありがとうございました!
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