相良敦子先生は
『ママ、ひとりでするのを手伝ってね!』講談社(1985年)
『子どもは動きながら学ぶ』講談社(1990年)
『お母さんの「敏感期」』ネスコ(1994年)
『幼児期には2度チャンスがある』講談社(1999年)
『モンテッソーリ教育を受けた子ども達』河出書房新社(2009年)等、
様々な本を出版され、日本のモンテッソーリ教育の発展に大きな貢献されていらっしゃいます。
モンテッソーリ教育に興味を持つ人なら、一度はその本を手に取ったことがあるのではないでしょうか。
「相良先生の本に励まされながら育児をしたわ」というママも多いと思います。
モンテッソーリ教育の第一人者として、日本の子育てや保育現場をあたたかく見守ってきた相良先生は、どのようなきっかけでモンテッソーリ教育と出会い、この道に進まれたのでしょうか。
モンテッソーリ教育との出会い ~1960年代のフランスにて~
−先生は、どのようなきっかけでモンテッソーリと出会って、この道に入られたのでしょうか。
「いくつかの要素があるんです。ひょっとしたら、『大人と子どもは争っている』という言葉かも知れない。」
先生の答えの意味は、フランス留学時代へとさかのぼります。その頃まだ高度経済成長に入る前だった日本は貧しく、世界の中でもその地位はずっと低かったそうです。
「20代の頃に私が行ったフランスはね、非常に文化が高くて、優雅で、そして文化的に優越感に満ち満ちている国だったの。」
「私にとって未知の世界でしたし、私は“東洋から来た小さな貧しい人間“という感じで、ヨーロッパ文化の前で、太刀打ちができませんでした。日本からの留学生が、圧倒的な文化の壁の前で悶々とした時代でした。」
突然、周囲から理解されない異文化に入ったという相良先生。
「今は“異文化”なんて言葉すらなくなって、“多文化”の時代になりましたが、当時は生まれて初めて体験した“理解されない”世界に住む難しさを強く感じていました。」
海外に行くと、誰でも2歳児ぐらいの扱いをされると聞いたことがあります。ましてや海外に行く人がほとんどいなかった当時は、想像を超える困難だったのでしょう。
「その頃、赤羽惠子先生(※現 京都モンテッソーリ教師養成コース委員長)から、モンテッソーリの本を翻訳して欲しいという依頼がありました。
赤羽先生は、モンテッソーリ教師の資格を習得するため留学されていたドイツから日本に帰る途中でした。お土産にもらったフランス語のモンテッソーリの本4冊を私に渡されて、“この本の内容が知りたい。日本語に訳して欲しい。”と言われました。それが、私にとって初めてのモンテッソーリの本だったのです。」
「大人と子どもは争っている」
– そのお土産に貰ったフランス語の本が、まさにモンテッソーリ教育との運命的な出会いだったのですね。
「その本の中でね、非常に私の心を打ったのは、モンテッソーリの『大人と子どもは争っている』という言葉でした。大人はこよなく子どもを愛しているのに、いざ自分にとって不可解な行動をしたり自分に都合が悪いことを言ったりすると、突然、あんなに愛している子どもにとても無理解になります。そして、上から押さえ付けてしてしまうのです、『あなたより私の方が知っている”とか“あなたの為を思ってやっている』と。」
– それは、特に『幼児の秘密』(マリア・モンテッソーリ著)の中にいつも出て来ますね。
先生の著書でも、以下の内容を所々書かれていらっしゃいます。
- 大人と子どもは争っている。
- 大人は子どもを愛しているようで理解していない。
- 子どもも大人を愛しているけど立場が弱くて、本当にやりたい事をしようとすると、大人から押さえつけられる。反対される。
「そのため、本当は従順で優しい子どもであっても、命懸けで反発する事があります。そして大人と子どもの間に深刻なもつれが生じて、それが相互作用となって、子どもは打ちひしがれてしまうのです。そして子どもは本来の性質、良さを隠してしまって、大人に従わざるを得ないし、大人に無理に従うからドジをするし、そのドジをした子どもを大人は見てイライラするし、大人と子どもの間に悪循環が起こってしまいます。」
−その悪循環は、どちらにとっても大変悲しいことですね。
「私もヨーロッパ文化の中で、弱い立場の子どものようでした。理解されない、そして自分が主張しようとしても言葉ができない、そしてどんどん惨めな状況に陥っていく。それで本当の自分ではない自分になってしまって、“私は元の人間に戻れるかしら”ってどん底でした。」
−先生がモンテッソーリの本を読まれた時、自分を弱い立場の子どもに置き換えて感じられたのですね。
「だから赤羽先生から借りた本を読みながらね、思いました。この子供ってね、どうやったら救われるのかしら、って。で、私も救われたいと思ったの。それで必死に翻訳をしました。それが出発点です!!
『ママ、一人でするの手伝ってね!』(講談社)の最初に“教育の基本原則は、大人と子どもは、南極と北極ぐらい違う”と書き、そしてその違いを理解しないのは、頭の狂ったカエルが、オタマジャクシに向かって“早く陸に上がって来なさい”と言ってるようなものだと例を書いています。あそこが私のはじまりです!」
精神と体を全力投球して、集中したら変わった
フランス留学中に、自分が異文化の中で理解されない辛さを、大人に理解されない子どもに置き換えて、そこからどうやって弱者である子供が救われるかを知ろうと、モンテッソーリ教育に関心を持たれた相良先生。
「私は“言葉ができない”“知的に追いつけない”もう何もかも太刀打ちできない大人の前でね、“この方達と私とにどんな共通点があるんだろう”と思った時にね、思ったのは『身体』という事だったんです。『食べなければ、お腹が空く』これは同じだった訳です。『つねったら痛い』これも同じだった訳です。身体というのは共通してると思いました。
そして、モンテッソーリは、子どもが変わるきっかけはね、『集中』だって言うの。『精神と体を全力投球して集中したら変わる』って言うのです。だから直感的に『これは本物だ!』と思いました。『子どもが救われる道はこれしかない』と。
後で整理したら、お仕事のプロセス※ですよね。自分がやりたい事を自分のリズムでやって、全力投球して変わって行く。でも身体であり、知識じゃないです。身体を使って、ということですよ。」
お仕事のプロセス
お仕事のプロセスとは、先生の著書でも度々紹介される、
自由選択(自分で自由にとりかかる)
↓
仕事(始めたことに全力で取り組む)
↓
繰り返し(何度も何度も同じことを繰り返す)
↓
集中(無意識の没頭)
↓
正常化(満足感をもってやめ、後から喜びが内面から湧き出てくる)
という、子どもが正常化する(本来の良い状態へとなる)までの過程。
そしてその後、相良先生は“精神と体を全力投球して集中したら変わる”ということを自ら体験する機会があったそうです。
「30カ国の人が集った国際的な場所で劇をするイベントがあった際、自分の意に反して、着物を着て踊る役に配役されてしまいました。日本からの留学生ということで。」
そこで、身体を整えることから始め、全身の身体の動きに神経を張り巡らせて、正確な動きを練習し、当日は深い深い集中と共に、見事な舞を披露されたという相良先生。
その催しの翌日、自分と周囲に大きな変化があったそうです。
「外国人の中で、今までよりも堂々と座っている自分がいました。そしてね、周りの人が私を見る目が違うんですよ。それまでよりも尊敬を込めて接してくれました。でね、その深い深い集中の後、私が変わったし、周りが私を見る目も変わった。
この経験があったから、モンテッソーリの『子供が集中した後に自分も変わる。周りも変わる』ということが直感的に正しいと分かりました。」
(サンタアナのモンテッソーリスクールにて~子どもが集中してお仕事に取り組む様子~)
モンテッソーリ教育と運命的な出会いをし、また、自らの経験を通して、『これは本物!』と確信された相良先生。その後、日本でも大学等で熱心に研究を続けられ、これまで多くの分かりやすいモンテッソーリの著書を出版されてきました。
今では気軽に読めるモンテッソーリ教育の書籍も、最初は日本語訳さえなく、苦労しながらその発展に尽力されて来た先生に、改めて深い尊敬と感謝の念を抱きました。
次回は、先生が子育て中のお父さんお母さんに伝えたいメッセージをお伺いします。
お知らせ
●相良先生の名著『ママ、ひとりでするのを手伝ってね!』がマンガとして再編され、発売されました。こちらの本の出版にあたり、イデー・モンテッソーリの編集長 あべようこが、マンガ(作画・作話)、コラムを手掛けております。是非ご覧下さい。
【出版社サイト】 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309248684/
【ご購入ページ】 https://amzn.to/32JDF1O
●イデー・モンテッソーリでは、モンテッソーリ教員資格者の求人情報の案内も行なっております。資格をお持ちで仕事をお探しの方は、是非ご覧下さい。
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